石田文樹氏が死去
友よ、
1984年の甲子園優勝投手、石田文樹氏が死去した。41歳だった。直腸がんだったという。
強烈な記憶が残っている。僕が中学3年生の夏だ。
甲子園での決勝戦。相手は桑田・清原のPL学園。4-3と取手二高リードで迎えた9回裏、石田氏は先頭の1番・清水に同点ホームランを打たれてしまう。動揺した石田氏は続く2番打者を死球で歩かせてしまった。サヨナラのランナーだ。
そこから「木内マジック」、現・常総学院監督の木内幸男氏の名采配。石田氏を一旦ライトに下げ、ライトの柏葉をワンポイント・リリーフに起用。3番鈴木がバントで一死後、4番清原・5番桑田を迎えたところで石田を再びマウンドへ送る。すっかり冷静になり、しかも再度甲子園のマウンドに立てた喜びでいっぱいの石田氏は、清原を三振、桑田をサードゴロに打ち取り試合は延長戦へ。
10回表、石田氏の2塁打などで4点を奪った取手二高は初優勝。1年生と3年生の夏を制した桑田・清原に、夏の甲子園での唯一の黒星をつけた。
こういった事が、何の資料も必要なくすらすら出てくる。それ程石田氏の活躍は僕の記憶にしっかりと行き続けている。
直腸がんか。早くいい薬が出てくるといいが。それにしても41歳は若すぎる。
では、また。
「スポーツ」カテゴリの記事
- プロ野球U-26vs大学選抜(2009.11.22)
- ミルフィーユゴルフクラブ(2009.09.27)
- 今宮選手(2009.08.22)
- 20年に一人の逸材(2009.08.19)
- PLの選手層(2009.08.15)


コメント
昨日17日付朝日新聞にも石田氏を偲ぶ囲み記事が掲載されていました。やはりPL学園に唯一の黒星を与えた選手としてです。
投稿: Nori-san | 2008年7月19日 (土) 06時16分